[後編]書と日本語デザイン|「書のこと、文字のこと、デザインのこと—書とデザインをつなげるもの」ロングインタビュー大熊肇|書いずむ特別編

総佐衆
協力―的場仁利
書いずむ@にほんしき

【特別編】

[後編]書と日本語デザイン

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3―デザインと書

――今の書道教育をどう思われますか?

小中学校の書道は、基本的に教育漢字(教科書体)の通りに書くんですよ。そうしなくちゃいけないわけじゃないけど、ほぼ学習指導要領に載っている教育漢字(教科書体)の影響が強いようです。そもそもその教科書体におかしいところがあるんです。アレで習ったらうまくいかないでしょうね。

「安」「案」

伝統的な書道では左右あるいは天地に伸ばすのは、よほどの例外を除いて1字に1箇所です。ところが教科書体には複数箇所を伸ばしている字があります。たとえば教科書体の「安」は「うかんむり」と「女」の横線の両方を幅広にしています。伝統的な書道では「女」の横線だけを長くして「うかんむり」は幅を狭くするのです。もっとすごい字があって、教科書体の「案」は「うかんむり」「女の横線」「木の横線」「木の左右の払い」が全部幅広です。伝統的にはこの字も「女」の横線だけを幅広にしてその他は狭くします。「木」の左右の払いは、払わずに点にすることが多いです。

「無」

伝統的な書道では「無」の3本の横線のうち一番下の線を長くしますが、教科書体は真ん中の横線を長くしています。教科書体の元になったといわれる「文部省活字」(1935年)ではちゃんと一番下の横線が長くなっています。明朝体活字の元になった『康煕字典』でも一番下の線が長いのですが、いつの間にか真ん中の線が長いものができました。『明朝体活字字形一覧』を見ると1892年の築地二号に真ん中の線の右端が飛び出しているのが確認できますが、左端は飛び出していません。明朝体活字で完全に真ん中の線が長くなるのは1903年の製文初号です。でもそれが固定するのではなく、その後も一番下の横線が長い活字と真ん中の横線が長い活字が共存します。「当用漢字表」(1946年)の「無」は一番下の横線が長いのですが、「当用漢字字体表」(1949年)で真ん中の横線が長くなり、これで字体が固定されたようです。

真ん中の横線が長いデジタルフォントの「無」
真ん中の横線が長いデジタルフォントの「無」

現在のデジタルフォントには明朝体や教科書体だけでなく、楷書や行書のフォントにも真ん中の横線が長いものがあります。こういうのはとても奇異に感じます。

教科書体の「炎」「さ」

教育漢字ではありませんが、教科書体の「炎」はとても変な字です。上の「火」も下の「火」も右に払っています。伝統的な書道では伸ばすのは1 字に1カ所だけですから、右払いは一カ所だけにして、上の「火」は右に払わずに止めます。『康煕字典』も歴代の明朝体活字も上の「火」は払わずに止めています。ところが「当用漢字表」では2回払っています。「当用漢字字体表」ではなく「当用漢字表」の段階でです。教科書体に倣って教えると1字に2度右払いがある変な字を教えてしまうかもしれません。

教科書体の「炎」「さ」

平仮名にもおかしいところがあります。「さ」の二画目は伝統的には右から入ることが多いのです。一画目の後、時計と反対回りに運筆して右から 左に入るわけです。ところが教科書体では、一画目の後、時計回りに運筆して左から楷書の起筆のように入るのです。ボクは若い頃、1年間だけ書道教室を手伝ったことがあるのですが、小学生のお習字の添削をするときに、教科書体と同じように「さ」を書かなくちゃならなくて、「変な字だな」と思っていました。

――「教科書体」ってなんなんですかね。

小学校の低学年の教科書を組む為に作ったものですから、本来は教育漢字だけつくれば良かったんです。ところが字種を増やしてしまったために大人が読む本にまで使われるようになってしまいました。そこまで作らなければよかったのに。学参フォントよりはましだけど。

――大熊さんは筆文字の制作もなさっていますが、どのように制作していますか。

ボクはロゴやタイトルを頼まれたときに、書くんじゃなくて、昔書かれた文字を並べて、それで済んじゃえばそれでいい、って思ってます。たいていそれで済まないから、昔の字を下敷きにしつつ、自分でアレンジします。いきなり自分の字を書くよりも昔のものを使った方がいいものが出来る気がしますね。日本の字はロゴとかに使おうと思うと、平安時代以降になると「弱く」なっちゃうんですよ。昔の日本の漢字は中国の漢字にくらべると「弱いな」って。平安時代になるとひらがなが出来て来るんで、漢字がひらがなの形に寄っていってしまってる。それが和様ですね。

――それは仮名と組み合わせるからですよね。

そうそう。漢字だけの時には中国から引っ張ってきてもいい。ただそこに「○○の」とか仮名が入るとおかしくなる。あらゆる中国の字は平仮名に合わないと考えています。そういう時に平安とか江戸の字を使おうとしても、これも合わない。全然弱いんですね。そもそも江戸の字は現代人は読めないことが多い。

で、おすすめなのが奈良時代から平安時代初期までの平仮名ができる前の書。遣隋使とか遣唐使とかが、中国からスタイルを輸入してきた時期のものですね。聖武天皇とか光明皇后とか空海とかその辺の書。その頃は平仮名が無くて、中国の文字をまねしていた。その字を引っ張ってきて、そこに後の時代の「の」とかを組み合わせるとこれが不思議と合うんですよ。平仮名が無い時代の字なのに。

その当時の中国の字に平仮名を合わせても合いませんが、日本人の字は不思議と平仮名に合う。奈良とか平安初期の字が載っている字書をみつけたら、買っておいた方がいいですよ。ボクは北川博邦編『日本名跡大字典』(角川書店)を便利に使っています。ロゴの話に戻ると、ゼロから自分の才能を信じて新しいものを書くよりも、昔の字を持ってきてアレンジしたほうがいいと思います。自分で文字を作ると今っぽくなってしまいますからね。もちろん、今っぽいのを望まれていればいきなり書きますけど。

――筆文字のロゴの依頼を受ける時は、こういう風にして欲しいとかあるんですか?

というよりも、お客さんとの打ち合わせで商品は何か、誰に売りたいのかを聞いて大体のイメージを掴む。例えば和菓子屋さんのロゴを頼まれたら習った書風で対応出来ます。でも洋菓子屋さんのロゴは習ったものでは出来ない。じゃあどうするか。そこが難しくなります。

――デザインは理屈で詰めていく感じですか?

理屈を起点にするんだけれども最後に取っ払うというか。こうすればこういう感じになるはずだと思って書いても「あれっ」ってことになって、何度も何度も書いているうちに近づいていく感じです。例えば、隷書で書くことになったとしても、ひとくちに隷書と言っても時代や作者でいろいろあります。隷書は逆筆で入るけれども、逆筆の入りを大きくせずにごく小さくしてみるとか。線を中太りにしてみるとか、右払いを上に抜かずに終わらせてみるとか。そんな風に試行錯誤しながら、用途に合うような字形に近づけていきます。隷書の時代は現代と字体も違う場合もあります。そういうのは隷書が書かれていた時代の字体にするのか、現代の字体を隷書風にするのかも大きな問題です。

――書の心得があっても、お手本以外は書けない人が多いと聞きますが…。

お手本が書ければすごいですよ。お手本を書くのは難しいですよ。今言ったみたいなアレンジができないって意味ですね。ロゴとかタイトルの場合、デザイナーなら直感的にニーズがわかるけど、そういったことが難しいのかも。ニーズよりも自分が得意なスタイル、自分が書きたいスタイルを書いちゃう傾向があるのかもしれません。デザイナーではなく芸術家ですからね。

――行書のフォントってどうですか?

作るのむずかしいですね。上下左右の関係で形を変えるものですから。

4―書とフォント

――『文字の組み方』で毛筆系の書体は字体が違うことがあるということでしたが、
これはフォントを作る人に書の素養がないということですか? なぜこのようなことが起きるのでしょう?

フォントベンダーから、明朝体かなにかで作られた字体表を渡されて、「これで作ってくれ」と言われるからおかしくなるんじゃないでしょうか。フォントデザイナーが「この書体にこの字体はおかしい」と思うとベンダーと交渉して直したりしてる。フォントによっては、フォントデザイナーがベンダーと「戦った」跡がわかりますよ。

――イワタの弘道軒清朝体は比較的「まとも」と書かれていますが。
弘道軒清朝体復刻版
弘道軒清朝体復刻版

弘道軒はいいですね。正字体じゃないから嫌われたってこともありますが。正字体の楷書が中国で作られて、それを参考に日本で作ってそっちが主流になっちゃったようです。

弘道軒清朝体は字体としては、明治の初めの頃に使っていた字体なんだと思うんですよ。
江戸時代に使われていた字体とも違う字体のものがある。正字体に近いものにしたものもあるし。

――まともな楷書体フォントが少ないのは問題ですよね。

そうなんだけど、まともってのも色々あって、唐時代だったり江戸時代だったり、時代によっても「まとも」は違う。ボクがいう「まとも」はまず字体のことで、その次に字形がくる。

――それでもフォントとしては毛筆体があった方がいいと思いますか?

あったほうがよいと思う。個人的には時代ごとの字体のフォントがあったらいいなって思います。唐時代の楷書、唐時代の正字体楷書、宋時代の楷書とか。

――仮名の楷書っていつぐらいに出来たのでしょうか。

え? 仮名の楷書??

――書においては、仮名の楷書というものはないと、わかるのですが。

築地体の活字が最初なのかなあ。ただ、仮名を一字一字切り離したという点で考えると、江戸時代の寺子屋で年少の子供たちに字を教えるためのお手本にそういう単体の仮名が登場します。連綿の仮名を単体にする作業を延々としてきたのが、明治以降の活字の歴史じゃないでしょうか。

――楷書体フォントの仮名には良いものがないと思うのですが、どうでしょう。

そうですね。そもそも漢字と仮名は合わないのに、漢字のデザインに合わせて無理やり作っても良いものにはならないと思います。明朝体は漢字と仮名のデザインがまったく違いますが、あれくらい違いがあったほうがいい。明朝体の漢字は、版木に〈彫る〉ために生まれたものですが、仮名は丸筆で〈書いた〉ものが元になってる。平仮名は下へ下へと目線を流す形をしていて、漢字はその流れを止める形をしている。ここまでまったく違うと潔くていいね、という合い方ですね。おかずと白いご飯の組み合わせみたいなものですよ。

――ご自身で毛筆系のフォントを作りたいという気持ちはありますか。

誰かがお金を出してくれて、生活の面倒を見てくれるなら作りたいですが(笑)。
前後の字によって大きさが変わるとか、一字ごとにバリエーションがある書体があればいいですね。時代ごとの漢字フォントとか作ってみたいですね。奈良時代とか。

――その場合、仮名はどうしますか。

そもそも合わないのだから、使う人が自由に選べばいいんじゃないですか。

――『文字の組み方』には、大熊さんが普段使っているフォントの紹介がされていますが、フォントはパッケージで購入してますか?

モリサワパスポートには入ってます。それ以前はパッケージで買っていたから、ずいぶんダブったものもありますが。イワタはLETSには入ってなくて、パッケージで買っています。

――「書いずむ」でお世話になってる書家の神林先生に、フォントを組んだものを見てもらったのですが、イワタオールド明朝とリュウミンが良いと言っていました

やっぱり見慣れているからじゃないですかね。中央公論社の新書なんて活字の頃からずっと岩田で、現在もイワタだし。

――イワタオールド明朝は確かによいですよね。
イワタ明朝体オールド
イワタ明朝体オールド

イワタオールドの平仮名は、名前はオールドだけどかなりモダンだと思います。ボクが「モダンだな」って思う平仮名は、1)元の漢字から離れているもの、2)運筆を無視しているものです。イワタオールドの「た」は元の「太」とかなりかけ離れた形をしているし、運筆もつながりません。でも、本文として小さく使うといいんですよ。

そういえば、(ベントン彫刻機導入後の)岩田母型製造所の明朝って誰が作ったんだろう、ってみんな疑問に思っていたんだけど、あれ高内一さん(イワタの前身、岩田母型製造所の最後の社長)が作ったって聞いてびっくりしました。以前、活字研究会の二次会で高内さん達と飲んでる時に、ふとそういう話が出て、高内さんが「あれ作ったの俺」とかいうの(笑)。高内さんは天才ですね。高内さんって、岩田母型製造所に営業職で入ったのにね。でも、高内さんも書の素養がある人だから、書けたんでしょうね。書の素養があるのに、筆の流れを無視している仮名を作ったというのはおもしろいですね。

――リュウミンはどうですか。『文字の組み方』では「仮名が好きではない」と書かれていましたが。
リュウミンL-KL
リュウミンL-KL

昔はDTPで使えるのはリュウミンだけでしたから、強制的に使わされていたような気がするんですよ。強制されると反発するでしょう。そういうことなんでしょう、たぶん。もしも他のフォントしか使えない時代があって、あとからリュウミンが使えるようになったとしたら、喜んで使っていたかもしれません。

――デジタルになってからの秀英体(明朝)はどう評価してますか。
秀英初号明朝
秀英初号明朝

好きですよ。漢字にひげ(筆押さえ)がないのが残念だけど、仮名はいいですね。
本文用の秀英明朝は、横組でも意外におかしくないんですよ。

「ひげ」の有無(筑紫明朝R)
「ひげ」の有無(筑紫明朝R)
――横組みでも使えるのはデジタル化以前にはバラバラだった大きさが整えられたからですよね。ただ、デジタル化以前の、大きさがバラバラだった秀英も味があって、捨てがたい気もしますが。

まあそれはありますね。大きさが揃っているというよりも、まだ検証はしていませんが、重心が揃っているからかもしれません。

5―日本語タイポグラフィとウェブデザイン

――Webのデザインについてはどう見ていますか。

やろうとしたことはありますが、Webの進化についていけないといった感じですね。もはや何ができて何が出来ないかわからないし。

――ただ、日本語のタイポグラフィという観点から見ると、技術以前に基本的なことすら
無頓着なサイトが多いんですよ。それこそ長すぎる行長、狭すぎる行間などが散見されます。

そうですね。

――個人的には、タイポグラフィの上手いブックデザイナーに、もっとウェブに参入して欲しいのですが…。

やろうとした人はいただろうけど、以前はあまりにも自由がきかなかったですからねえ。タイポグラフィとHTMLなどの両方に詳しい人っ てなかなかいないでしょう。現状では分業で作るしかないでしょう。そういう意味でソウサスさんには期待してます。

――以前は文字やレイアウトにこだわったウェブデザインは技術的に難しかったと思います。でも、今ならそれなりに実現可能です。ソウサスとしては、質の高い日本語タイポグラフィを全面に押し出したウェブデザインを作りたいと思っています。『組版原論』ではないですが、「がんばれば出来るんだよ」というところを見せていきたいです。

うん。いいと思いますよ。どんどんやってください。

――今後、本を出す予定はありますか。

字体の変遷を調べるための字典を作っています。まだ10分の1くらいしか出来てなくて、いつ終わるんだろうという感じですが。普通の書体字典だと、たとえば唐時代だと、虞世南、欧陽詢、褚遂良の初唐の三大家は入れます。3人とも同じ字体を書いていても。この本は字体を調べることが目的だから、字体が同じならどれか一つしか入れていません。逆に有名で無い人が書いたものでも字体が違っていれば載せています。

――(見本を見ながら)夏目漱石や太宰治、活字まで入ってますね。

夏目漱石はすごいですよ。色んな字体を書くんですよ、同じ原稿に。文字の知識が凄いから自然に使っちゃうんでしょうね。逆に太宰治はほとんど1字種に1字体です。

――何字載せるのですか。

第一水準全部と、この間追加された常用漢字。異体字も載せるから第二水準とか第三水準も入っちゃうんだけれども。

――完成を楽しみにしています。本日はありがとうございました。

プロフィール

大熊肇 出版デザイナー
2―組版を理解する

埼玉県春日部市生まれ。8歳から書道教室に通う。のちに印刷文字に興味を持つ。桑沢デザイン研究所リビングデザイン研究科グラフィックデザインコース卒業。道吉剛デザイン研究所を経て独立。現在、有限会社トナン代表。著書に『文字の組み方』(誠文堂新光社)、『文字の骨組み』(彩雲出版)、共著に『組版/タイポグラフィの回廊』(白順社)などがある。(ウェブサイト

文字の組み方

文字の組み方
誠文堂新光社

2010

文字の骨組み

文字の骨組み
彩雲出版

2009

組版/タイポグラフィの回廊

組版/タイポグラフィの廻廊
白順社

2007

企画/制作/聞き手

株式会社ソウサス

ウェブと紙におけるデザイン制作を行うベンチャー企業。 ウェブサイトは「書物」の一つの形態であると考え、 伝統的な「紙」におけるデザイン技法をウェブ分野に用いることで、 既存のウェブデザインとは一線を画したデザインを制作する。書道家神林金哉氏とのコラボプロジェクト「にほんしき」で、美しい日本語のデザインを追求している。

企画/コーディング:佐藤雅尚
聞き手/ページデザイン:加納佑輔

企画/制作/聞き手

株式会社ソウサス

名古屋を中心に様々な活動を展開する、タイポグラファー。出版・印刷・情報学等が専門。『文字の組み方』の制作協力、「写植の時代展」「写植の時代展2」パンフレット共著等。

総佐衆 ウェブサイト・印刷物デザイン、総合ブランディング

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